追悼:東海林さだおさんを偲んで — 「ひょうひょう」という救い
漫画家・東海林さだおさんの訃報に接し、心よりご冥福をお祈りいたします。
東海林さんは2026年4月5日にご逝去され、その旨が4月15日に報道されました。
数十年も前のことになりますが、私は東海林さんの文庫本をよく読んだ時期が
ありました。
そこに綴られていた、自分を客観的に眺めるような「ひょうひょうとした自虐」、
「愛すべきちょっと隠したい出来事」の描写は、今も記憶に残っています。
「あるある」がもたらす安心感
東海林さんの文章は、自分の失敗や格好悪さを隠すどころか、
それを面白おかしくさらけ出してくれます。
「人間なんて、案外こんなものだよな」と思わせてくれるその筆致です。
それはどこか心の支えになり、読むたびに「ニヤっと」一人笑いをさせられた
ものです。
印象に残っているエピソードを、記憶を頼りに書いてみました。記憶違いや表現
の誤りがありましたら、ご容赦ください。
なお、出典となる書名は手元では特定できておりません。
1. モテたい一心での「進路変更」
早稲田大学の受験時、当初は第一文学部の美術史科を受ける予定だった
東海林さん。しかし、ふと隣の窓口に「ロシア文学科」があるのを見つけ、
「女子学生と付き合うならこちらの方がモテるのではないか」という理由で、
急きょ列を並び替えて出願してしまったといいます。
さらに、「志望を変えて列を並びなおした自分を、窓口の人はどう見ていたの
だろうか」と、その瞬間の自分を客観的に観察して冷や汗をかく描写が印象的
でした。
人生の岐路ですらどこか他人事のように捉えながら、それでいて妙に繊細に
自分を見つめている–。
その視点こそが東海林さんの真骨頂だと感じます。
2.「格好つけ」の空回り
東海林さんは大学生の頃、駅で女子高生を見かけると、つい大人ぶってタバコの
フィルターを「トントン」と叩き、小粋に火をつけていた、という趣旨の
エピソードがありました。
ところが、ふと気づけば彼女たちはそんな動作など気にも留めず、いつの間にか
去っている。後に残るのは、本当は吸いたくもないタバコを手持ち無沙汰にふか
す自分だけ–。
この何とも言えない自意識過剰な滑稽さに、私は若い頃の自分を重ねて、
思わず苦笑いしてしまいます(笑)
3.「観察眼と愛」
他にも、漫画の持ち込み時の緊張感あふれる描写や、親友・福地泡介さんとの
ユーモアに満ちた手紙のやり取り、アパートでのストーブ火事の騒動など、
印象に残っているエピソードは数多くあります。
こうした数々の場面が今も鮮明に思い浮かぶのは、それだけ東海林さんの観察
眼が鋭く、表現が豊かだったからだと思います。
最後に
自分の失敗を隠さず、ひょうひょうと表現するその姿勢は、私に「完璧じゃなく
てもいいのだ」という安らぎや勇気を与えてくれました。
東海林さんが遺してくださった数々の「あるある」は、これからも私の心を
軽く、温かくしてくれることと思います。
心に残る作品の数々を、本当にありがとうございました。


