サブロー通信は、アースアイズ代表 山内三郎が配信するメルマガです。
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2026.04.21

追悼:東海林さだおさんを偲んで — 「ひょうひょう」という救い

漫画家・東海林さだおさんの訃報に接し、心よりご冥福をお祈りいたします。

東海林さんは2026年4月5日にご逝去され、その旨が4月15日に報道されました。
数十年も前のことになりますが、私は東海林さんの文庫本をよく読んだ時期が
ありました。

そこに綴られていた、自分を客観的に眺めるような「ひょうひょうとした自虐」、
「愛すべきちょっと隠したい出来事」の描写は、今も記憶に残っています。

「あるある」がもたらす安心感

東海林さんの文章は、自分の失敗や格好悪さを隠すどころか、
それを面白おかしくさらけ出してくれます。

「人間なんて、案外こんなものだよな」と思わせてくれるその筆致です。
それはどこか心の支えになり、読むたびに「ニヤっと」一人笑いをさせられた
ものです。

印象に残っているエピソードを、記憶を頼りに書いてみました。記憶違いや表現
の誤りがありましたら、ご容赦ください。

なお、出典となる書名は手元では特定できておりません。

1. モテたい一心での「進路変更」

早稲田大学の受験時、当初は第一文学部の美術史科を受ける予定だった
東海林さん。しかし、ふと隣の窓口に「ロシア文学科」があるのを見つけ、
「女子学生と付き合うならこちらの方がモテるのではないか」という理由で、
急きょ列を並び替えて出願してしまったといいます。

さらに、「志望を変えて列を並びなおした自分を、窓口の人はどう見ていたの
だろうか」と、その瞬間の自分を客観的に観察して冷や汗をかく描写が印象的
でした。

人生の岐路ですらどこか他人事のように捉えながら、それでいて妙に繊細に
自分を見つめている–。

その視点こそが東海林さんの真骨頂だと感じます。

2.「格好つけ」の空回り

東海林さんは大学生の頃、駅で女子高生を見かけると、つい大人ぶってタバコの
フィルターを「トントン」と叩き、小粋に火をつけていた、という趣旨の
エピソードがありました。

ところが、ふと気づけば彼女たちはそんな動作など気にも留めず、いつの間にか
去っている。後に残るのは、本当は吸いたくもないタバコを手持ち無沙汰にふか
す自分だけ–。

この何とも言えない自意識過剰な滑稽さに、私は若い頃の自分を重ねて、
思わず苦笑いしてしまいます(笑)

3.「観察眼と愛」

他にも、漫画の持ち込み時の緊張感あふれる描写や、親友・福地泡介さんとの
ユーモアに満ちた手紙のやり取り、アパートでのストーブ火事の騒動など、
印象に残っているエピソードは数多くあります。

こうした数々の場面が今も鮮明に思い浮かぶのは、それだけ東海林さんの観察
眼が鋭く、表現が豊かだったからだと思います。

最後に

自分の失敗を隠さず、ひょうひょうと表現するその姿勢は、私に「完璧じゃなく
てもいいのだ」という安らぎや勇気を与えてくれました。

東海林さんが遺してくださった数々の「あるある」は、これからも私の心を
軽く、温かくしてくれることと思います。

心に残る作品の数々を、本当にありがとうございました。

2026.04.14

「令和の火の見櫓」が繋ぐ、見守りのバトン

かつて、日本のどの集落にも、空を突くようにそびえ立つ「火の見櫓(やぐら)」がありまし
た。

半鐘の音が響けば、誰もが空を見上げ、地域一丸となって危機に備える。それは単なる建造物
ではなく、その土地に暮らす人々の「安心の象徴」であり、「共助の精神」そのものでした。

しかし、時代の推移とともに消防設備が整い、いつしか火の見櫓は「その役割を終えた」とさ
れ、風景から消えつつあります。

忍び寄る「気づきの空白」


ところが今、地方公共団体や地域コミュニティを歩くと、新たな課題が浮き彫りになっていま
す。

それは、「通報の遅れ」です。

●空き家の増加:
以前なら隣家が気づいて声を上げた火種も、空き家が増えたことで「誰の目にも触れない空白
地帯」が生まれています。

●高齢化の進行:
異変に気づいても、通報というアクションに時間がかかったり、そもそもお爺さん、おばあさ
んの多い地域では五感の衰えから初動が遅れてしまうケースが増えています。

「人が見て、判断し、動く」という、かつての当たり前が、今、静かに崩れ始めているのです。

現代の「目」として、AIに魂を吹き込む


ここで私が提唱したいのが、「AIによる火の見櫓の再定義」です。

かつて櫓の上に立った見張り番が、鋭い眼光で煙を見極めたように、現代のAIもまた、同じよ
うに「見て、判断する」能力を手に入れました。

しかも、その「気づきの範囲」は、人間の限界を遥かに超え、24時間365日、広域を一度に俯
瞰することが可能です。

これは決して、冷たいデジタルへの置き換えではありません。

「古き良き見守り文化」を、AIという最新の道具を使って、令和の時代にアップデートする試
みなのです。

経世済民:インフラに「済(すくう)」力を持たせる


私の思いの根底にあるのは「経済」の語源になった「経世済民(けいせいさいみん)」の思想
です。

「経」とは、世の中を支えるインフラ(仕組み)を整えること。
「済」とは、苦しんでいる人を具体的な手段で救い、対岸へ渡らせること。
(橋を渡らせることから人を救う(済う)語源となった)

テクノロジーがただの「便利な道具(経)」で終わってはいけません。それが火災を未然に防
ぎ、お年寄りの命を救い、地域の安寧を守る「具体的な架け橋(済)」となって初めて、その
価値が完成します。

消えゆく火の見櫓を、最先端の「AI守護神」として復活させる。
それは、私たちが先人から受け継いだ「至誠(しせい)」の心を、次の世代へ繋ぐことでもあ
ると思うのです。

2026.04.07

凡人が非凡になるとき

今日は、経営の神様ドラッカーの名著『マネジメント』から、私が感銘を受けた言葉をシェア
したいと思います。

「組織の目的は、凡人をして非凡なことをなさしめることにある」

良い言葉ですよね。
天才アーティストや大谷翔平選手のような超一流のプロ野球選手は、個人の才能で世界を圧倒
します。

一方で、世の中のほとんど大多数は私のような「普通」の人間、つまり凡人です。

しかし、その凡人たちが集まってスクラムを組み、一人では到底できないような「非凡な成
果」を出す。それこそが組織の存在意義だとドラッカーは教えてくれているのだと思います。

そして今、私はこの言葉の意味が、これまで以上に深まっているように感じています。

AIという「最強の杖」を手に入れた凡人たち


なぜなら、私たち凡人の手元にAIという「最強の杖」を手に入れたからです。
これまでは「知らないことを調べる」だけで日が暮れていた私たちですが、AIを使いこなすこ
とで、これまでよりも速く、広く、深く考え、成果につなげられる場面が確実に増えてきまし
た。

つまり、普通の人でも、AIという魔法の杖を手にすることで、これまで一人では届かなかった
力を発揮できる。大げさに言えば、大魔神のような頼もしさを持てる時代になったのです。

なぜ、今の日本組織は「動けない」のか?


日本のDXやAI化が海外に比べて遅れているのは、人材がいないからではありません。
「使いこなすメカニズム」が錆びついているからだと思います。

最近の組織を見ていると、こんな声が聞こえてきそうです。

「AIなどをいれて失敗したらどう責任をとるんだ?」
「余計なことをして周りから叩かれたくない……」

非難を恐れるあまり、会議の回数が増え、資料も厚くなり、肝心の「決断」がどこかに置き去
りにされている。せっかく力のある人材がいても、その力を活かす仕組みが機能しなければ、
組織は前に進めません。私は、これも組織が停滞していく一因ではないかと思っています。

始めるリスク、始めないリスク


かつての日本は、凡人が組織力で世界を席巻する力を持っていました。
しかし今は、決断を先延ばしにする人が増えてしまった。

新しいことを始めるには、必ずリスクが伴います。
でも、「始めてみないと、何も始まらない」。

事業戦略をこねくり回して、覚悟を決めずに足踏みしている間に、世界はAIの杖を振ってどん
どん先に進んでいます。

「自分にしかできないこと」にAIを添えて


還暦を迎えた私も、かつては自分を「中途半端な選手」だと思ってきました。

でも、その中途半端な凡人が、積み上げた経験を背負い、AIという杖を手に「信じきって」
動くとき、そこには私にしかできない非凡な結果が待っていると確信しています。

「私だったら、これができる!」と手を挙げる勇気。
周りの目を気にせず、まず一歩を踏み出す覚悟。

凡人である私たちが、AIと共に「非凡な冒険」を始める。
そんなワクワクする新たな人生のステージを、皆さんと一緒に走っていきたい。
そう思っています。

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