サブロー通信

2022.08.10

『我』をとる

私は昭和の人間で、特に「星飛雄馬世代」です。
そんな私には馴染み深い「血の汗流せ、涙を拭くな」ですが、令和の今日を生きる人々にとっては少々分かりづらい表現かと思います。

私がそうであったように昭和の星飛雄馬世代の人々は、苦労をすればその先に新たな素晴らしいものが待っていると教えられてきました。

ただ、私が経験して分かったことは、苦労をしてもその先には、やはり苦労しか待っていないということです。
苦労が染みついてしまうと、毎日の日々の戦いに負けてしまい、愚痴と人の批判を自分の糧にしてしまい、目標を見失います。

失敗の連鎖から抜け出せないのは、自信のない自分が、自分をより大きな人間に見せるために実現性の低いことを、あたかも現実のように語っているだけに過ぎません。
一発逆転を狙ってしまうので、どうしてもステップアップができません。

まずは、身の丈のところから小さな成功を収めていくことでその先が見えてくるのです。

「笑う門には福来る。笑門来福」いうことわざがあります。
福が来るから笑うのではなく、笑うから福が来ると言われてきました。
あくまで、笑うことが先です。

この「笑う」には、人の悪口や泣き言などを言わずに、より良い方向に目を向けることという意味があるように思います。
先に笑うことで、福はあとからついてきてくれるのであれば、自分が目を向ける先を良い方向に変えるだけで、福が訪れることになります。

確かに、よく笑う人にはどんなに困難な場面でも前向きに問題を解決する能力があるような気がします。

2022.07.12

娘のための父親の土下座

万引き犯を捕捉する私服保安員のAは、長年の勘で「万引きをしそうな緊張感を持った顔をした人」と「普通に買い物をしに来た人」を見分けることができるといえるほどの自信を持っていました。

そんなベテラン保安員Aが、女子高校生に人気のファンシーショップで警備に当たっていた時の話です。

Aがいつも通り警備に当たっていると、一人の女子高校生が入店しました。
地元の有名女子校の制服を着ている彼女を見た時、Aは万引き犯特有の「緊張」を感じました。
普段であれば、その制服をみて万引き犯として疑うことはほとんどないのですが、どうも様子がおかしいように思い、Aは彼女に気づかれないように、一つ離れた什器の陰から注意深く見ていました。
彼女には、万引き犯に見られる目立ってキョロキョロするなどの動きはありませんでしたが、周囲の気配を感じ取りながら商品の前にたたずみ、他の買い物客がいなくなるのを待っているかのような動きがみられました。

しばらく見ていると残念ながらAの勘は当たってしまい、女子高校生は周りに人がいなくなるとかなり大胆に化粧品を2つ自分のカバンに入れました。
通常、万引き犯は犯行の際も周囲の様子を窺うものですが、彼女はあたかも自分が持ってきた化粧品のように自分のカバンに入れたのです。その自然さは、最初から行為を見ていなければ発見することが出来なかったかもしれません。

Aは、会計をせずに店を出ようとする女子高校生に出入口で声をかけて、捕捉しました。彼女は、驚いた顔でAの目を凝視しましたが声は上げず、落ち着いて店舗のバックヤードにある事務所に促されるままについてきました。

事務所では、女子高校生は言葉少なく、Aの指示通り万引きした商品と学生証を出しました。Aが、彼女に保護者に迎えに来てもらわないとならないことを伝えると「母親には連絡したくない」と強く拒否をしました。
店のルール上、未成年の万引き犯を一人で帰宅させてはならないことになっており、どうしても拒否する場合は警察に届けることになると
伝えると、彼女は店から1時間程度の会社で勤務する父親の連絡先を言いました。

店長は、少しあきれながらも父親に連絡をし、彼女には「1時間以内にお父さんが来なければ、警察に連絡をする。こちらも忙しい」と告げました。

その後、一時間もかからず父親が事務所に駆け込んできました。

英国紳士風の身なりで地位の高さを感じさせる父親を見て、Aは少し身構えました。
なぜなら、親の中には万引きをした子供を責めるのではなく、万引きを捕まえた保安員を責めてくる「逆切れする親」が少なからずいることを過去の経験から知っていたからです。

父親は、女子高校生の顔を見ただけで何も会話はせず、店長に近づき顔を見つめてから、事務所の汚れた床を少し眺めました。
そして、突然すべてを投げ捨てたかのような勢いで地面に這いつくばって、土下座をしたのです。

「誠に申し訳ございません。すべては、私の責任です。警察には通報しないでください。私が娘の代わりに警察に行きます」

Aはその父親の姿とその姿を見つめる女子高校生の姿を交互に見て、この女子高校生は二度と万引なんて行為はしないだろうと感じました。

2022.06.14

チェンジリーダー(歌は世につれ、世は歌につれ)

私が、P・F・ドラッカーの著書の中で初めて読んだのは、『明日を支配するもの』でした。

当時お付き合いをさせていただいていたコンサル会社から「読むべき本」として勧められて購入しました。
本書は1999年3月に発売してから、23年経つ現在も多くの人に読まれています。
読了した当時は、とにかく、その情報量の多さに圧倒され、読めても理解は1/10にも
達してなかったと思います。

その後も、ドラッカーの著書は多く読みましたが、難しそうな本を読んだ自己満足がほとんどで、
未だにどれくらいのことが理解できているかは自分でも不明です。
ここからもう一度、本質の理解を深めながら読んでいきたいと思っています。

『明日を支配するもの』では
「チェンジリーダーとは、変化を機会としてとらえる者である。変化を求め、機会とすべき変化を識別し、
それらの変化を意味あるものとする者である」
と書かれています。

確かこの一文の前後に、“変化は、自ら作りだせない。その先頭に立つ者がいるだけだ”というような
ことが書いてあり、とても印象に残っています。

今、世界を取り巻く変化を見ているとドラッカーの言葉は、予言のようであるように感じます。

当時の私は、「変化は自分で作れるのではないか?」「世の中を変えられるのではないか?」と
おこがましいことを考えていましたが、ビジネスの世界で考えると、変化を読み取り、
その先頭に立つことが生存競争そのものでした。
自分が考える変化の波よりも、社会や生態系の変化のほうが、はるかに大きな波であることが分かります。
波が大きければ大きいほど、その先頭に立つ者の影響力は変わっていきます。

コロナやロシア・ウクライナ問題など、トップダウンだけでは解決できないことが多くあり、
優秀な国のトップですら、その判断を見誤ることがあります。
特に、変化とは自分で生み出すものであると勘違いした国のトップは、はるかに大きな社会の波に
吞まれていきました。

大きな変化の波の先頭に立ち、変化を機会ととらえ、良い方向に導くのがチェンジリーダーです。
テレビや映画のプロパガンダで人をコントロールできる時代があり、情報は権力になることもありました。
ですが、現在は情報が縦横無尽に錯綜し、情報を流す側も人々が作る大きな波に押しつぶされることがあります。

歌は世につれ、世は歌につれ・・・

古人は、本質的なことを思い出させてくれます。

2022.05.17

心のふるさと

30年ほど前、都の西北 甲州街道沿いの西早稲田に「ふるさと」というカウンターだけの小さな一杯飲み屋がありました。
新宿のゴールデン街のような一杯横丁的な古びた木造建築が建ち並ぶ場所に「ふるさと」はあり、もちろん、出入り口はガラガラと、引き戸を開けて敷居をまたいで入ります。

現在は、東伏見に移転した野球部の「安部球場」や寮も、
私が大学2年生の時までは早稲田大学の校内やその周辺にあり、
私たち野球部員たちの生活の基盤は専ら西早稲田でした。

さて、「ふるさと」のカウンターは、「コ」の字にもならず、縦7席、横3席程度。

古びて色褪せた木の壁には所狭しと
歴代の応援部、野球部、バレー部、、、などの
体育会系卒業生の色紙や写真などが貼り付けられていました。
当時、プロ野球選手として、現役バリバリで阪神で活躍されていた
岡田さんの写真や応援部の色紙には、「酒の一滴、血の一滴」などの言葉が寄せられており、
バブル期の時代でもバンカラな早稲田がそこには残っていました。

1、2年生の時の私は、上級生の遊び道具要員だったので、
「ふるさと」に行く(拉致のように連れていかれる)のは苦痛で苦痛で仕方なかったのですが、
3年生程度から、少し落ち着いて自分の意志で行くようになりました。

練習が休みになる前日は、決まって「ふるさと」に集合して、
それから新宿の繁華街に遊びに行くのが野球部の常だったように思います。

なぜ、そうまでして、「ふるさと」にいくのかというと、
もちろん、学生が安く酒を飲めるのもありましたが、
それよりも、水戸弁のおやじさん(小川さん)がカウンターにいたからだと思います。
当時の体育会系は、馬鹿みたいに走らされたり、理不尽に殴られたり、
無駄に先輩の面倒を見なければならないことがたくさんあり、
そのようなことを酒の肴に「ふるさと」で飲んでいました。
「ふるさと」は、現役の選手達が、外では言えないことも言える場所で、
代々の先輩たちもそうして、酒を飲んできていました。

小汚い酒場で、学生が馬鹿みたいにデカい声で笑ったり、
熱っぽく話したり、楽しい時間でした。
飲んで、笑って、泣いて、楽しむ姿を小川さんは良く見守ってくれました。
小川さんは水戸弁で
「サブちゃん、そ~よ~。」
「そりゃ~違うよ~」
と相槌をしてくれました。
今思えば、大したことはない何気ないやり取りでしたが、
当時はそのやり取りにホッとさせられていました。
 
個人的な考えですが、日本人が指すふるさとという言葉には、
自分が生まれた場所という意味だけではなく、
自分の心の成長をさせる場所という意味もあるように思います。
学生時代の私にとって西早稲田の「ふるさと」で過ごした時間は、
心の成長に必要なかけがえのない時間であり、
まさに「こころのふるさと」でした。

そんな「ふるさと」を卒業してから10年ほどたったころ、
小川さんが癌で入院されたとの連絡が入りました。
野球部OBの先輩が、中心になり、入院費をカンパしたり
できる限りのことをさせていただきましたが
その後、他界されてしまいました。

小川さんのお通夜は、飲み屋のおやじのそれとは思えないほどの長い参列でした。
ふるさとを卒業した人達、誰もが小川さんに感謝を伝えに行きました。

2022.05.10

理念ってなーに?

会社を作って、10年ほど経った頃だったと記憶しているので、30代後半の時の話です。

私が県の補助金申請をした際に、指導役として中小企業診断士の「コンサルタント」なる方が、

当時の会社にお越しくださいました。

いろいろと御指南いただいた後、その方から、「御社の企業理念は何ですか?」と質問されました。

実は、当時の私は理念を見つけられずにいました。(そして、そのまま20年ほど見つけられないままでしたが(笑))

自分は会社とほぼ一心同体だと思っていたので、会社の理念と言われても

「私自身の存在意義は?」「なぜ生まれ、なぜ生きている?」と聞かれているようなものでした。

そんなことを30代の私が答えられるはずもなく、私はこのコンサルタントの質問に質問で返しました。

「理念とは何ですか?」と。

そのコンサルタントの回答を、私は憶えていません。

残念ながら、私が欲した核心を突くような回答ではありませんでした。

それをきっかけに、「企業理念とは何か」の答えを求めて

様々な本を手当たり次第に読み漁りましたが、なかなか気持ちにヒットするものがありませんでした。

私にとって、どうしてもしっくり受け入れられなかったのは、

利潤と社会貢献という相反する概念でした。

それをいかに矛盾なく受け入れることができるか、葛藤のようなものがありました。

そんな中、やっと日本の資本主義の父と言われる渋沢栄一の

「論語と算盤」という本に巡り合いました。

経営者に話しかけるような表現で、正義を持って進める事業家と

守銭奴の違いや企業の目標と個人の目標を合致させる指標について説いていました。

まさに多くの大企業の礎を築いた渋沢栄一がいたからこそ、今日の日本があると感じます。

また、欲求五段階説で有名なアブラハムマズローの「完全なる経営」も腑に落ちた1冊です。

人は本質的に、他人や社会に貢献し

それにより自分の尊厳を保ちたいという欲求をもっているとしています。

その欲求は「全ての人」にあり。その素晴らしい部分を高めることで、

組織や事業の貢献性に繋がると説いています。

人をコントロールする組織論ではなく、個人の心の動きを中心として企業ビジョン作り上げる考え方を

1960年代に描いていることは先進すぎると思える内容です。

21世紀も20年余りが過ぎましたが、これからは心の時代になってほしいと思っています。

物質主義のような他人よりも多くの物を所有していることを自慢するのではなく

心の豊かさを競い合う時代にしてほしいです。

心の豊かさとは、共に分かち合うことを競うように行うことです。

私は、AIを活用して自分だけでなく多くの人の心を豊かにしたいです。

例えば、AIが「お声掛けのタイミング」をお知らせすることで「犯罪を未然に防ぐ」ことができたり、

お互いが「挨拶」を交わすようになれたりしたら

心の豊かさがもっと拡がる気がします。

いつ起こるか判らない事故、高齢者徘徊、迷子、火災や万引などの犯罪を

AIカメラにより24時間365日見守ることで、不安を取り除き

安全な社会に貢献できるのであれば、世界に幸せの輪が拡がると思うのです。

心豊かにすることに理屈はいらないでしょう。

現在の私にとって理念とは、理屈で考えることでは無く

理屈なく心が躍ることを組織として掲げることだと感じています。

2022.03.08

ポテンヒットを捕れますか?

またまた、野球に絡めたお話です。
「ポテンヒット」とは、野球用語でラッキーなヒットのことです。
いわゆる「当たり損ね」のフライなのですが、
勢いなくフラフラと内野と外野の中間ぐらいへ飛んでいき、
セカンド、ショート、センター、ライトが、こぞって捕りに行くのですが、
誰も届かずポテンと落ちてしまうヒットのことを言います。

打ったバッターは「アウトか?」と思いながら、
あれ?落ちそう(ヒットになりそう)だ?」と思った途端、必死に走ります。
そして、ヒットになれば「ラッキー」と思います。
逆に守り側は、特に投手は「打ち取った打球なのに・・・」と
ショック倍増です。

仕事でもそうですが、誰も守っていない課や部の間の仕事は、
受け渡しが難しく、また、簡単なミスで仕事を無くしたら、
ショックは大きいものです。
そんな時に「自分の守備範囲」を意識せずにボールを追いかけ、
飛び込んでもボールを捕ってくれるような人がいると、
そのチーム(組織・会社)は、勝利への階段を
一気に駆け上がっていくのであろうと感じます。

私は、仕事で守備範囲を決めることが得意ではありません。

今後の組織では、責任の範囲を決めるために
どうしても仕事の範囲を決めざるを得ないのですが、
日々進化し変化する企業にとって、守備範囲は決めますが
その中での成長目標を決めなければ
その人の能力を停滞化させてしまうことにもなりかねません。

目の前の仕事を「ただ黙ってこなすこと」ではなく、
「勝つこと」が目的だと分かっていれば
ポテンヒットになりそうな打球を「アホ丸出し」で
「オリャー」と飛びついて、捕りに行くことができると思います。
このフラフラとしたボールを捕る行為は、意外によく目立つので
アホに見えるかもしれませんが
実は「勇気」と「自信を持った状況判断」が必要とされます。

ボールが捕れるか?捕れないか?は後の結果ですので、
先ずはその方向に走ることが大事です。
先ずは、「よくボールを見て」「手を伸ばして」「飛び込んでみる」ことです。

もし、捕れなかったのであれば、なぜ捕れなかったのか?
スタートが悪かったのか?それとも本当は捕れたのに
勝手に「あいつが捕るだろう」と思い込んでしまうような
連携の悪さが原因だったのか?等の反省が生まれるはずです。
動かない人間に反省は生まれませんし、成長もありません。
自分のポジションの守備範囲を勝手に狭く決めてしまい、
その先に進もうとしない人は成長をあきらめている人です。
大人になると、馬鹿をしなくなってしまいます。自分がとっても大事で
「飛び込んで怪我をする」ような打球は絶対に捕りに行きません。
すぐにブレーキをかけます。可能性に挑戦しません。

自分を信じて目一杯、飛び込んでほしいと思います。

更に最悪なのが、ポジションを与えても自分ではボールを捕らずに
評論を始める人です。
たまに飛んできた捕りやすい正面のゴロでも
プレイヤーではなく評論家なので
「ほら、ファースト捕って!!」とあたかも自分の仕事ではないかのように
他の人に回していきます。
周りの人は慌ててボールを捕りに行かざるをえず、よくエラーしてしまいます。
それを見て評論家さんは
「だから気をつけてって言ったじゃないか!」などと言ってみたりします。

・・・・経験あります??(笑)
そういう人は、しかるべき位置・・・
バックネット裏とか、外野席とかにいて頂きたいものです。
少なくとも神聖なフィールドに立つプレイヤーではありません。
プロの世界を作りたいと思います。

2022.02.01

奇跡は必ず起こるから奇跡という言葉がある

私の母校の桐蔭学園が実に16年ぶりに甲子園を決めた秋季関東大会も、かれこれ4年ほど前のことです。
2018年の秋の県大会ではくじ運が良かったこともあり、決勝に進みますが
横浜高校にボロボロに負けたと記憶しています。

それでも甲子園の神奈川県代表校選考試合となる、
秋の関東大会に出場しました。
1回戦は、優勝候補と言われていた茨城の常総学院です。

前半2対0で桐蔭学園が優勢でしたが、
7回に常総学院が3点本塁打を含む5点を奪い逆転。
9回までそのまま2対5で、桐蔭学園が追い詰められていました。

しかし9回裏、桐蔭学園は必死の攻撃で満塁まで詰めて、相手のエラー含みで
1点を返しますがすでに2アウトとなっていました。
そこで最も期待できるバッター、キャプテンの森(のちの横浜ベイスターズドラフト1位)選手が登場。

彼は、なんとこの場面で逆転サヨナラ満塁ホームラン!
見事な逆転勝ちで勝利を収めると、競合ひしめく関東大会を
あれよあれよと勝ち上がり、決勝では、春日部共栄を破り優勝。
16年ぶりの甲子園を決めました。

長いこと野球をしてきていますが、高校野球で2アウトから
逆転サヨナラ満塁ホームランなる漫画のような話は、
実際には出くわしたことがありません。

また、これは2年前の話になりますが、2020年の秋の早慶戦。
コロナ禍で行われたリーグ戦は、2試合のみで延長戦なしのルールで行われました。
リーグ戦は、早慶が共に勝ち点を積み上げていき
リーグの最後の早慶戦で、勝ったほうが(早稲田は勝率上、引き分けでも優勝でしたが)優勝という一戦になりました。

慶應は、途中登板したドラフト1位の木澤投手が魂のこもった投球をしており、
早稲田は2安打に抑えられて、9回表の攻撃も
ツーアウトランナー無しというところまで追い込まれました。
9回2アウトから、1年生の熊田選手がなんとか食らいつき
レフト前にクリーンヒットを打ちます。
次打者は8番打者 2年生の蛭間選手です。
ここで、慶應は投手を木澤選手から生井投手へ変えます。
蛭間選手は投手交代にも集中力を切らさず再度打席に入り直しました。

その初球、外に逃げるスライダーを捉えると打球は、高々と舞い上がり、
センターのバックスクリーンに刺さる逆転弾となりました。

その裏、早稲田の守りもドラフト一位の早川選手が締めて、
10期ぶり46回目の優勝をしました。
これもまた、双方のうち勝ったほうが優勝という切迫した試合で
しかも最終回に2アウトランナー無しから、
劇的なホームランでひっくり返すという試合も見たことがありません。
 
このようなことが起こると人は「奇跡」という言葉で表現をします。
ただ、逆に考えると「奇跡は必ず起こる」ということになります。
奇跡が起こらなければ、奇跡という言葉すらないでしょう。

大事なことは、奇跡を起こせる人になれるかということです。
奇跡を起こせる人の共通点というものが、いくつかあるはずです。

集中力、考え方、もちろん結果に結び付く努力や自信は根底に必ず必要な要素でしょう。
奇跡というと何よりも「運」というものが付いて回るような気がしますが、
レベルが高いステージで戦う人にとっては、
突き詰めて考えていくとそれは「最も小さな要因」であることが分かります。
 
「奇跡の巡り合わせ」は、私のような凡人にも、降り注いでくれているはずです。
それを活かすことができるかどうかは、その人の能力です。
奇跡を起こせる会社、奇跡を起こせる人を育てる会社にしたいものです。

2021.12.21

富士山からの景色

私は登山の趣味は無いので、
本当の富士山の頂上からの景色は観たことがありません。
ただ、富士山は、新幹線や飛行機から見ることができ、
コロナ前までは出張族だった私にはある意味身近に感じる山となりました。

SNSを見れば、富士山を見るだけではなく、
登った気になるのも容易でしょう。
しかしながら、あらゆることで、その気になりがちな今の情報過多時代は
色々なことが身近に感じるようになりすぎているかもしれません。

大昔は、富士山を見て
「すごく大きい、とっても雄大で遠くにある」山として多くの人が感じていても、
もし仮に「富士山に登ってみよう」などと考えて実行するような人がいたら、
それは結構な冒険で、命がけの行為だったろうと思います。
「できるはずがない」、「やめておけ」と
周りの人は冒険者を諫めようとしたことでしょう。
いつの時代にも変わり者はいて、
なぜか富士山の頂上を目指して登り始める人がいます。
理由は人それぞれだと思いますが、一念発起して
命がけの山登りを始めた人は、最後まで強い意志で
目標を達成したいと思うでしょう。

勝手な想像ですが、二合目、三合目と登るにつれて、
「自分には、できない」という言い訳を探す人ではなく、
どうしたら先に進めるのかを考える人に絞り込まれていくだろうと思います。
そして彼らは五合目を超える頃になれば、
本当に自分の夢が実現できると心弾ませることでしょう。

SNSであらぬ噂をするような人は、富士山の麓にいて
山に登ろうともせずに噂話をしたり、
できない言い訳を一生懸命に説明している人に
どこか似ているような気がします。
大きな山を前に、努力をしようともしないで、諦めてしまいます。

社会は、富士山に登らず、麓で噂話をする人が圧倒的に多いです。
その噂に弱い人を利用するビジネスも多くあります。

どんな社会においても「成功者」と言われる人は、ほんの一握りです。
大事なことはこの成功者の欠点をクローズアップすることではなく、
成功者のチャレンジをしたプロセスやマインドをリスペクトして、
第二、第三のチャレンジャーを作り出すことです。
そのような人を社会は伝記として受け継いできました。

これが、より良い社会を生み出すことになると思います。
SNSがそれを後押しする成熟した社会に変わっていくことを望みます。

2021.11.24

失敗をすると二度、良いことしなければならない 失敗したら倍返し

私が高校三年生の時、神奈川県の春季高校野球の大会でベスト8を争う試合だったと思います。
横浜の保土ヶ谷の球場で、対戦相手は武相高校という神奈川の野球の名門高校でした。

あれは確か延長戦に入って武相高校の攻撃の時でした。
1点が勝敗を決める場面で、私は守備固めでライトのポジションに入りました。

味方の投手にも疲れが見え始め
少しずつ、相手のバッターもバットの芯で投手のボールを捕らえ始めていました。

1アウトの時、私が守るライトに浅いフライが上がりました。

それほど、難しいフライではなく、前進すれば普通に捕れる小フライです。

私は前進していきましたが、その時、太陽が目に入りました。

完全にボールを見失いました。

まったくボールが見えないのですが、
私は、「なんとしてもボールを捕ろう」とする必死の姿勢を見せませんでした。
本来であれば、必死に何か工夫をすべきだったのですが
その時はそれができず、冷静にボールを見送ってしまったのです。

ボールはぽとりと私の前に落ちました。

当然、チームの仲間も観客も、私がなぜ、ボールを触りもせず
目の前に落としたのかを理解できず、不穏な雰囲気が広がりました。

私もどうしよう?という気持ちに一瞬なりましたが、
なぜかその時は、すぐに「自分のせいではない。太陽のせいだ。集中しろ」と
必死に自分に言い聞かせました。

その時は、それが良かったのだと思います。

自分に言い聞かせることで、試合に集中できました。
打者走者は、2塁に達しています

「延長戦の1アウト、ランナー2塁。ヒットが出れば、
必ずランナーはホームを狙ってくる。
必ず、ホームで刺さなければならない。」

私は守備を2歩ほど前におきました。

すると、芯に当てたライナーが再び私の守るライトに飛んできました。

私は、躊躇なく走り出しました。ライトのライン際に一直線に走ります。
打球はライナーではありましたが、難しい打球ではなく
地面ギリギリでランニングキャッチできました。

その時、「セカンド!」
と大きな声が聞こえました。

セカンドベースを見るといち早くホームに戻りたい二塁ランナーが
ヒットであると思い、飛び出していたのです。

ランナーは、戻りだしており二塁ベースから4、5メートルほどの距離です。

私はバッティングセンスがまったく無いのですが、守備においては
打球へのカンや、送球には自信がありました。
一瞬でも、投げる場所が決まれば、自信をもってそこに投げられます。

ライン際でセカンドに対して後ろ向きになっていた身体を反転させ、
ボールを握りしめると、
全身の力を120%ボールに乗せてセカンドへ投げ込みました。

セカンドベースのカバーに入っていたショートの選手は、
あたかも一塁手のように私の送球の方向にグローブを伸ばし
少しでも早くボールを掴もうとしています。
私の送球したボールは吸い込まれるように彼のグローブに入ったことを覚えています。

ランナーはセカンドベースに足から必死に滑り込んでいます。

セカンド塁審の手が上がり、アウトの宣告をしました。

間一髪、ほんの10センチほどの差でした。

アウトにできて良かったと思う一方で、さっきまでランナーが出たのは、
「自分のせいではない」と思っていたにも関わらず、
アウトにできたことよりも、ランナーを出してしまったことに
恥ずかしさが込み上げてきました。

野球のようなチームスポーツにおいて、
自分の失敗を自分でリカバーできることは少なく、恵まれたプレーでした。
1イニング中に、外野に連続でボールが飛んでくることは稀なことです。

ミスをすれば、とにかく一つ良いことをしても、まだ、ミスは払拭されません。

二つ良いことをしてやっと、元に戻るだけです。

私が良い送球でセカンドランナーをアウトにできたとしても、
それは、ただ元に戻しただけに過ぎません。

失敗したら倍返し

私の仕事は、倍返しがたくさんあります(笑)

2021.10.25

人の為、人の為 というけれど、横から読めば、偽りと読む

1982年に作られた映画で、ポールニューマン主役の『評決』という作品があります。
ポールニューマン扮する落ちぶれた弁護士が、医療過誤の被害者家族に付き、
教会系の大病院に立ち向かう映画です。
病院側はお金にものをいわせて、凄腕で手段を選ばない弁護士を雇います。
相手側の妨害を受けながら、ポールニューマンは、何度も窮地に立たされるのですが、
あきらめず戦い、勝利を勝ち取るのです。
ポールニューマンは主人公でありながらカッコ良く描かれるのではなく、
人間味のある弱い人に描かれていて、そんな人が戦いに臨むところが面白く感じます。

その中で、一番印象に残った部分が、以下の言葉です。
ポールニューマン側に有利な証言をすると約束をしてくれた医師が、
相手の弁護士の汚い手で、証言ができなくなります。
切り札を失ない、絶望の淵に立たされたポールニューマンでしたが、
その時に家族に向かって彼は勇気を振り絞りしゃべります。

『I’m gonna do the best I can for you and your sister.
I know how much it means to you, and it means that much to me, too』

字幕スーパーには、『私は、あなたの為、お姉さんの為、
そして私の為にもベストを尽くします。』という表現でした。
上記の英文では、自分の為という表現ではないようですが
「自分の為」という表現は新鮮でした。その状況で「自分の為」という
その言葉には嘘がありませんでした。
自分も相手と一体であることを表現しています。

政治家は、『国民の為』というが、その言葉がとても軽い。
『あなたの為』という言葉も心に刺さらない。
本当は、とても重たい言葉だと思うのですが・・・

ある寺に行ったときに、額に入った書が無造作に飾ってありました。
『人の為、人の為 というけれど、横から読めば、偽りと読む』
もう、何十年も前に見た言葉ですが、何か心に刺さる言葉でした。

仮に、多くの人の面前で、『自分の為に行動を起こす』という言葉を使う人がいれば、
それは強い信念が必要だと思います。
「評決」のポールニューマンは、弁護をする人と目標を共有していました。
だからこそ、『あなたの為、家族の為、そして自分の為にベストを尽くす』
と言い切れたのであると思います。
また、自分の素直な表現を入れ、家族を一人で悩ませない事も表現したのだと思います。

人前で、自分の為と表現できるのは、目の前の人と目標を共有しているからです。
自分の為に頑張ることは、必ず、周りの人も共に幸せをシェアできる事を表現しています。
そのような意味では「自分の為に頑張る」と胸を張れる行為は
実は素晴らしいことだと思います。
オリンピックやワールドカップなどに出場する人は、
まさに「自分のためだけ」に活躍を目指すことで十分だと思います。
勝てば、日本代表として、多くの日本人が喜びます。

良い目標や志がある人は、多くの人が応援してくれます。
そのような人は、自信を持って「自分の為に仕事をする」と表現して欲しいものです。
特に日本の政治家さんは自信を持って「自分の為に仕事をしている」と表現して欲しいです。
その行為が、多くの人に受け入れられるのであれば、素晴らしい国ができるのじゃないかなと思います。