サブロー通信は、アースアイズ代表 山内三郎が配信するメルマガです。
本ページでは、2019年4月〜現在までのサブロー通信をご覧いただけます。

2026.04.21

追悼:東海林さだおさんを偲んで — 「ひょうひょう」という救い

漫画家・東海林さだおさんの訃報に接し、心よりご冥福をお祈りいたします。

東海林さんは2026年4月5日にご逝去され、その旨が4月15日に報道されました。
数十年も前のことになりますが、私は東海林さんの文庫本をよく読んだ時期が
ありました。

そこに綴られていた、自分を客観的に眺めるような「ひょうひょうとした自虐」、
「愛すべきちょっと隠したい出来事」の描写は、今も記憶に残っています。

「あるある」がもたらす安心感

東海林さんの文章は、自分の失敗や格好悪さを隠すどころか、
それを面白おかしくさらけ出してくれます。

「人間なんて、案外こんなものだよな」と思わせてくれるその筆致です。
それはどこか心の支えになり、読むたびに「ニヤっと」一人笑いをさせられた
ものです。

印象に残っているエピソードを、記憶を頼りに書いてみました。記憶違いや表現
の誤りがありましたら、ご容赦ください。

なお、出典となる書名は手元では特定できておりません。

1. モテたい一心での「進路変更」

早稲田大学の受験時、当初は第一文学部の美術史科を受ける予定だった
東海林さん。しかし、ふと隣の窓口に「ロシア文学科」があるのを見つけ、
「女子学生と付き合うならこちらの方がモテるのではないか」という理由で、
急きょ列を並び替えて出願してしまったといいます。

さらに、「志望を変えて列を並びなおした自分を、窓口の人はどう見ていたの
だろうか」と、その瞬間の自分を客観的に観察して冷や汗をかく描写が印象的
でした。

人生の岐路ですらどこか他人事のように捉えながら、それでいて妙に繊細に
自分を見つめている–。

その視点こそが東海林さんの真骨頂だと感じます。

2.「格好つけ」の空回り

東海林さんは大学生の頃、駅で女子高生を見かけると、つい大人ぶってタバコの
フィルターを「トントン」と叩き、小粋に火をつけていた、という趣旨の
エピソードがありました。

ところが、ふと気づけば彼女たちはそんな動作など気にも留めず、いつの間にか
去っている。後に残るのは、本当は吸いたくもないタバコを手持ち無沙汰にふか
す自分だけ–。

この何とも言えない自意識過剰な滑稽さに、私は若い頃の自分を重ねて、
思わず苦笑いしてしまいます(笑)

3.「観察眼と愛」

他にも、漫画の持ち込み時の緊張感あふれる描写や、親友・福地泡介さんとの
ユーモアに満ちた手紙のやり取り、アパートでのストーブ火事の騒動など、
印象に残っているエピソードは数多くあります。

こうした数々の場面が今も鮮明に思い浮かぶのは、それだけ東海林さんの観察
眼が鋭く、表現が豊かだったからだと思います。

最後に

自分の失敗を隠さず、ひょうひょうと表現するその姿勢は、私に「完璧じゃなく
てもいいのだ」という安らぎや勇気を与えてくれました。

東海林さんが遺してくださった数々の「あるある」は、これからも私の心を
軽く、温かくしてくれることと思います。

心に残る作品の数々を、本当にありがとうございました。

2026.04.14

「令和の火の見櫓」が繋ぐ、見守りのバトン

かつて、日本のどの集落にも、空を突くようにそびえ立つ「火の見櫓(やぐら)」がありまし
た。

半鐘の音が響けば、誰もが空を見上げ、地域一丸となって危機に備える。それは単なる建造物
ではなく、その土地に暮らす人々の「安心の象徴」であり、「共助の精神」そのものでした。

しかし、時代の推移とともに消防設備が整い、いつしか火の見櫓は「その役割を終えた」とさ
れ、風景から消えつつあります。

忍び寄る「気づきの空白」


ところが今、地方公共団体や地域コミュニティを歩くと、新たな課題が浮き彫りになっていま
す。

それは、「通報の遅れ」です。

●空き家の増加:
以前なら隣家が気づいて声を上げた火種も、空き家が増えたことで「誰の目にも触れない空白
地帯」が生まれています。

●高齢化の進行:
異変に気づいても、通報というアクションに時間がかかったり、そもそもお爺さん、おばあさ
んの多い地域では五感の衰えから初動が遅れてしまうケースが増えています。

「人が見て、判断し、動く」という、かつての当たり前が、今、静かに崩れ始めているのです。

現代の「目」として、AIに魂を吹き込む


ここで私が提唱したいのが、「AIによる火の見櫓の再定義」です。

かつて櫓の上に立った見張り番が、鋭い眼光で煙を見極めたように、現代のAIもまた、同じよ
うに「見て、判断する」能力を手に入れました。

しかも、その「気づきの範囲」は、人間の限界を遥かに超え、24時間365日、広域を一度に俯
瞰することが可能です。

これは決して、冷たいデジタルへの置き換えではありません。

「古き良き見守り文化」を、AIという最新の道具を使って、令和の時代にアップデートする試
みなのです。

経世済民:インフラに「済(すくう)」力を持たせる


私の思いの根底にあるのは「経済」の語源になった「経世済民(けいせいさいみん)」の思想
です。

「経」とは、世の中を支えるインフラ(仕組み)を整えること。
「済」とは、苦しんでいる人を具体的な手段で救い、対岸へ渡らせること。
(橋を渡らせることから人を救う(済う)語源となった)

テクノロジーがただの「便利な道具(経)」で終わってはいけません。それが火災を未然に防
ぎ、お年寄りの命を救い、地域の安寧を守る「具体的な架け橋(済)」となって初めて、その
価値が完成します。

消えゆく火の見櫓を、最先端の「AI守護神」として復活させる。
それは、私たちが先人から受け継いだ「至誠(しせい)」の心を、次の世代へ繋ぐことでもあ
ると思うのです。

2026.04.07

凡人が非凡になるとき

今日は、経営の神様ドラッカーの名著『マネジメント』から、私が感銘を受けた言葉をシェア
したいと思います。

「組織の目的は、凡人をして非凡なことをなさしめることにある」

良い言葉ですよね。
天才アーティストや大谷翔平選手のような超一流のプロ野球選手は、個人の才能で世界を圧倒
します。

一方で、世の中のほとんど大多数は私のような「普通」の人間、つまり凡人です。

しかし、その凡人たちが集まってスクラムを組み、一人では到底できないような「非凡な成
果」を出す。それこそが組織の存在意義だとドラッカーは教えてくれているのだと思います。

そして今、私はこの言葉の意味が、これまで以上に深まっているように感じています。

AIという「最強の杖」を手に入れた凡人たち


なぜなら、私たち凡人の手元にAIという「最強の杖」を手に入れたからです。
これまでは「知らないことを調べる」だけで日が暮れていた私たちですが、AIを使いこなすこ
とで、これまでよりも速く、広く、深く考え、成果につなげられる場面が確実に増えてきまし
た。

つまり、普通の人でも、AIという魔法の杖を手にすることで、これまで一人では届かなかった
力を発揮できる。大げさに言えば、大魔神のような頼もしさを持てる時代になったのです。

なぜ、今の日本組織は「動けない」のか?


日本のDXやAI化が海外に比べて遅れているのは、人材がいないからではありません。
「使いこなすメカニズム」が錆びついているからだと思います。

最近の組織を見ていると、こんな声が聞こえてきそうです。

「AIなどをいれて失敗したらどう責任をとるんだ?」
「余計なことをして周りから叩かれたくない……」

非難を恐れるあまり、会議の回数が増え、資料も厚くなり、肝心の「決断」がどこかに置き去
りにされている。せっかく力のある人材がいても、その力を活かす仕組みが機能しなければ、
組織は前に進めません。私は、これも組織が停滞していく一因ではないかと思っています。

始めるリスク、始めないリスク


かつての日本は、凡人が組織力で世界を席巻する力を持っていました。
しかし今は、決断を先延ばしにする人が増えてしまった。

新しいことを始めるには、必ずリスクが伴います。
でも、「始めてみないと、何も始まらない」。

事業戦略をこねくり回して、覚悟を決めずに足踏みしている間に、世界はAIの杖を振ってどん
どん先に進んでいます。

「自分にしかできないこと」にAIを添えて


還暦を迎えた私も、かつては自分を「中途半端な選手」だと思ってきました。

でも、その中途半端な凡人が、積み上げた経験を背負い、AIという杖を手に「信じきって」
動くとき、そこには私にしかできない非凡な結果が待っていると確信しています。

「私だったら、これができる!」と手を挙げる勇気。
周りの目を気にせず、まず一歩を踏み出す覚悟。

凡人である私たちが、AIと共に「非凡な冒険」を始める。
そんなワクワクする新たな人生のステージを、皆さんと一緒に走っていきたい。
そう思っています。

2026.03.26

21世紀の夢がいよいよ現実に — ロボットとAIが拓く「五感」の未来—

先日、NVIDIAのジェン・スン・フアン氏が「この3年間でロボットは劇的な進化を遂げる」と
語っていました。私も全く同感です。

今、まさにロボットが社会へ本格的に実装される、歴史的な転換点に私たちは立っています。

「夢の21世紀」の正体


私たちが子供の頃に夢見た21世紀は、空飛ぶクルマが走り、月旅行が当たり前の世界でし
た。

実際の21世紀前半は、スマホの普及こそ目覚ましかったものの、どこか「泥臭い」現実の積
み重ねだったようにも感じます。

しかし、ChatGPTに代表されるAIの登場で流れは一気に加速しました。

AIの成長力は凄まじく、かつて夢見た「SFの世界」が、猛スピードで現実に近づいています。
そのうち、手塚治虫氏の漫画のように「ロボットに人権を」という議論が真剣になされる日
も、そう遠くないのかもしれません。

私が考える「ロボット」の定義


私は、ロボットは必ずしも「二足歩行」である必要はないと考えています。

私の定義するロボットとは、以下の要素を備えた存在です。

・駆動源(エンジン・動力)があること
・センサーや視覚で自分を制御できること
・AIでそれらを判別・判断できること

そう考えると、お掃除ロボットはもちろん、自動運転車も立派なロボットです。
さらには、「ビルそのもの」をロボット化(AI制御ビル)することも可能です。
カメラやセンサーで異常を検知し、エレベーターや空調を自律的にコントロールする。
建物自体が意思を持つロボットになるのです。

人間に近づく「五感」の画像解析


現在、人間は物事の判断の約80%を「視覚」に頼っていると言われています。
画像解析の分野において、コンテクスト(文脈)を含む複雑な認知は、まだ人間の方が一日の
長があります。

例えば、倒れている人を見つけたとき、人間はただ「見る」だけでなく、同時に「助けて!」
という声や悲鳴を「聞き」、周囲の異変を「感じ」て、総合的に「危険だ」と判断します。


これこそが、視覚・聴覚・触覚といった「五感」による危機察知能力です。

これからのアースアイズが目指すもの


これまでのAIは視覚(カメラ)が中心でしたが、これからは「声」や「音」、あるいはその他
の感覚を組み合わせた多角的なアプローチが必要です。

私たちは、単なるカメラの機能にとどまらず、あらゆる先端技術を組み合わせることで、人間
が五感で感じるような「直感的な危険察知」をシステムで実現したいと考えています。

誰もが安心して暮らせる「夢の21世紀」を、私たちの技術で守り抜く。
そんな未来を皆様と共に創っていければ幸いです。

2026.03.19

夢に日付を入れる「その前」の話

最近、ふと思い出した言葉があります。
ワタミ創業者の渡邉美樹氏が掲げた「夢に日付を」という言葉です。
これを聞いた時、私は「あぁ、なるほどな」と深く感銘したのを覚えています。

期限を決めることで、曖昧な夢が「計画」に変わる。実業の世界では、まさに鉄則ですよね。
しかし、自分を振り返ってみると「あれ? 私の夢、いつまでたっても実現できていないぞ」
とふがいない思いを何度もしてきました。

なぜ日付を入れたのに動かないのか。
最近、その答えが少し見えてきた気がします。

「できたらいいな」を「確信」に変える


実を言うと、私は緻密なプランを作ることをそれほど重要視していません。
(経営者失格と言われるかもしれませんが!)。

それよりも決定的に重要なのは、日付を入れる前に「確信的なストーリーが見えているかどう
か」だと思うのです。

「こうなったらいいな」という淡い期待ではなく「これは、こうなって、こう動くから、必ず
実現する」という、現実と見間違えるほどの解像度を持ったストーリー。

それが見えて初めて、私たちは「一点集中」して全エネルギーを注ぎ込めます。その確信がな
いまま日付だけを入れても、単なる数字の羅列で終わってしまうんですよね。

大人の夢は「現実の延長線上」にある


子供の頃に描いた魔法のような夢とは違い、大人の夢はもっと泥臭く、もっと手触りのあるも
のです。

今のビジネス、今の技術、今の仲間たち。その「夢を現実に変えるストーリー」の上に、いか
に熱い物語を乗せていけるか。現実と夢の境界線がわからなくなるくらいまでストーリーを練
り上げること。それができて初めて、日付を書き入れるペンに魂が宿るのだと確信しています。

私も、もっともっと「現実と見間違えるような」ワクワクするストーリーを描き、皆さんと一
緒に一点集中で突き進んでいきたいと思っています!

さあ、今日もそのストーリーの一歩を刻んでいきましょう。

2026.03.11

AIで蘇る、日本の「火の見櫓」

本日3月11日。東日本大震災から15年がたちました。
改めて「防災を日常の中で考える」という言葉を思い出します。

内閣府でも、SNSで 「#防災を日常に」 というハッシュタグを通じて、防災を身近なものとし
て発信する取組が呼びかけられています。私自身、防災とは「特別な日だけ思い出すもの」で
はなく、日常の延長線上にあるものだと思っています。

そこで今回は、日本の町や村の風景の中に、かつて当たり前のように立っていた「火の見櫓
(ひのみやぐら)」、そしてその思想を受け継ぎAIによって蘇りつつある「火の見櫓AI」につ
いて書いてみたいと思います。

<火の見櫓の始まり>


火の見櫓は、文字通り 火災を見張るための高い塔です。
その歴史の背景には、日本が長い間向き合ってきた「火事」という災害があります。

きっかけの一つとされるのが、1657年に江戸で発生した 「明暦の大火」です。
江戸の大半を焼き尽くしたこの大火災をきっかけに、幕府は火災の早期発見の重要性を強く認
識しました。

こうして整備されたのが火の見櫓です。
当初は幕府直属の消防組織 定火消(じょうびけし) の屋敷内に設置されましたが、やがて町
人による 町火消(まちびけし)が組織されると、町ごとに火の見櫓が建てられるようになり
ました。火の見櫓は、やがて単なる設備ではなく、地域を守る象徴として日本の町や村に広が
っていきました。

<日本の村に立っていた「見守りの塔」>


明治から昭和30年代にかけて、火の見櫓は全国の農山漁村にも普及しました。

櫓の上から周囲を見渡し、火事を見つけたら 半鐘(はんしょう)を鳴らして知らせる。
その叩き方によって、火事の場所や緊急度まで伝えていたそうです。

遠くからでも見えるその姿は、いわば 「集落の天守閣」 のような存在でした。
地域の人々にとって、火の見櫓は安心の象徴でもあったのだと思います。

<消えつつある火の見櫓>


しかし現在、火の見櫓は急速に姿を消しています。
119番通報の普及や都市の高層化により、人が櫓に登って見張るという役割は次第に必要なく
なりました。

さらに、鉄製の櫓は老朽化が進み、維持費や耐震性の問題から撤去されるケースも増えていま
す。現在残っている櫓の多くは、消防ホースを干すためのホース乾燥塔や防災スピーカーの支
柱として使われている程度です。

かつて日本の風景だった火の見櫓は、静かに姿を消しつつあります。

<AIによって蘇る「火の見櫓」>


しかし、「高い場所から地域を見守る」という火の見櫓の考え方そのものは、決して古くなっ
たわけではありません。

むしろ、技術の進化によって新しい形で復活しつつあります。
私たちアースアイズでは、この考え方をAIで実現する「火の見櫓AI®」というシステムを開発
しました。高所に設置したカメラの映像をAIが24時間365日解析し、煙や炎などの異常を自動
で検知する広域監視型の防災システムです。

<人の目からAIの目へ>


昔の火の見櫓は、消防団員が櫓に登り、人の目で火災を探していました。
そして火を見つけると、半鐘を鳴らして地域に知らせました。

「火の見櫓AI®」は、AIがカメラ映像を解析し、煙や火柱を自動検知します。

異常を検知すると、管理者のスマートフォンや通信指令室へ即時通知されます。
監視範囲も広く、一台のシステムで半径約800m〜1kmを360度見守ることができます。

人が担っていた役割を、AIが休みなく見守り続ける仕組みとして実装したものです。

<サブローの独り言>


江戸の町では、「火事だー!」と半鐘が鳴り、町火消が駆けつけました。
そして今、AIが静かに街を見守っています。

方法は変わりましたが、「地域を見守り、異変をいち早く知らせる」という防災の知恵は、
昔から日本の暮らしの中にありました。

今日は、防災を「特別なこと」ではなく、日々の暮らしの中にあるものとして改めて思い出す
日なのかもしれません。

2026.02.19

AI時代に問い直す「完全なる人間」への道

AIがあらゆる正解を提示してくれる現代、私たちは「何ができるか(Do)」ではなく「どう
在るか(Be)」を問われています。


心理学者アブラハム・マズローが晩年に提唱した「自己実現(Self-Actualization)」、
そしてその先にある「自己超越(Self-Transcendence)」の概念は、まさにAIには到達で
きない、人間の魂が目指すべき最終目的地を示しています。


1. マズローの欲求階層と「欠乏」から「成長」へ

マズローの有名なピラミッドにおいて、多くの人は「安全」や「承認」といった欠乏動機で動
いています。しかし、AIが効率化を極めるこれからの社会では、物質的な充足の先にある成長
動機——つまり、自らの潜在能力を完結させようとする欲求が魂の主役になります。

「完全なる人間」とは、何かが欠けているから埋めようとする人ではなく、自分の中にある可
能性をただ開花させようとする人のことです。


2. 「至高体験(Peak Experience)」の重要性

マズローは、自己実現している人がしばしば経験する、時を忘れるような恍惚感や一体感を
「至高体験」と呼びました。AIは計算は、得意ですが、感動はしません。

美しい夕日を見た時の震えるような感覚
野球の試合でチームが一つになった瞬間の高揚


こうした「魂の震え」を積み重ねることこそが、AI時代における人間の尊厳であり、私たち
が目指すべき「完全性」への一部分です。


3. 自己超越:Earth Eyesの思想と重なるもの

マズローは晩年、ピラミッドのさらに上に「自己超越」を置きました。これは、自分のエゴ
を超えて、社会や宇宙、あるいは他者の幸福のために献身する状態です。

私がEarth Eyesを通じて目指している「テクノロジーによる安全」や「見守り」の本質も、
単なる監視ではなく、「他者の命や尊厳を慈しむ」という、極めて人間的な、魂の超越的な
働きをサポートすることに他なりません。

今年は、61歳になります。
人生を振り返ると、マズローの言う「完全なる人間」とは、決して欠点のない人間ではなく、
「自分の魂の声に正直に、今この瞬間を生き切っている人間」のことだと感じます。

AIがどれほど賢くなろうとも、深い意識の層で感じる「生の実感」は、私たち人間にしか味わ
えません。これからも、技術の進化と共に、私たちの魂の進化を楽しんでいきたいものです。

2026.01.26

あなたは、万引きの「真の実態」を見過ごしていませんか?

突然ですが、ドキッとする質問をさせてください。

「あなたの店舗の万引きの実態、本当にすべて把握できていますか?」
「不明ロスがなぜ起きるのか、明確な理由を答えられますか?」

実は、令和6年の万引き件数は9万8,000件を超え、前年比で増加傾向にあります。
多くの店舗様が「防犯カメラはつけているから大丈夫」「スタッフが注意しているから平気」
と思われていますが、それでもロスが減らないのが現実です。

なぜなら、これまでの対策は「捕まえる(事後対応)」に偏っていたからです。

そこで今回、MS&ADインターリスク総研株式会社とアースアイズ株式会社の共同開発で
「万引き抑止サーベイ(診断)」の提供を開始しました。

▼店舗の「健康診断」から始める万引き対策

ハード面・ソフト面から店舗の脆弱性をプロが診断。
なんとなくの対策ではなく、データに基づいた対策が可能になります。

「不明ロス」で利益を削り続けるのは、もう終わりにしませんか?
まずは、御社の現状を知ることから始めましょう。



「万引き抑止サーベイ」の詳細につきましては、以下よりご覧ください。
https://www.irric.co.jp/topics/press/2026/0120.php

【お問い合わせについて】
「万引き抑止サーベイ」に関するお問い合わせ窓口はMS&ADインターリスク総研株式会社と
なります。本件に関するご質問・ご照会は、MS&ADインターリスク総研株式会社HP内
「サービスに関するお問い合わせ」よりお願いいたします。
https://www.irric.co.jp/contact/form/index.php

※本サービスは、保険の引き受け条件や保険料の割引等を目的としたものではありません。
※本サービスは、三井住友海上火災、あいおいニッセイ同和損保の保険契約者以外の事業者様
にもご利用いただけます。

2026.01.01

あけましておめでとうございます!

旧年中はひとかたならぬご厚情を賜り、誠にありがとうございました。
おかげさまで、アースアイズは2026年9月に設立11年目を迎えます。

正直に申しますと、昨年は掲げた目標に届かず、私自身、悔しさの残る一年でした。
しかし、その悔しさが今の私の原動力です。

2026年は、これまでの鬱憤を晴らすような、「人生最大の飛躍」を遂げる年にいたします。

今、私自身がその挑戦に誰よりもワクワクしております。

これからのアースアイズの進化に、どうぞご期待ください。
本年も変わらぬご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。

2025.12.24

『プライド』

この言葉を聞いて、皆さんは何を思い浮かべるでしょうか。

高級ブランドの服に身を包むこと。 誰もが羨むような高級車を乗り回すこと。
あるいは、派手な異性関係を誇示すること。

一見すると、これらはその人を「偉く、強く」見せるための行為のように思えます。
しかし、私はふと、ある疑念を抱くのです。

それは、自信のなさの裏返しに過ぎないのではないか、と。
臨済は、修行僧たちが経典や仏像といった「形式」ばかりに囚われ、自分自身の目で見たもの
かの英雄ナポレオンですら、自分の身長の低さにコンプレックスを抱き、あえて自分を大きく
見せるような肖像画を描かせたと言われています。(もちろん、政治的な意図もあったでしょ
うが)。歴史に名を残す英雄でさえ、何かしらの劣等感を抱え、それを隠そうとしていたので
す。そう考えると、私たちが自分にコンプレックスを持つのは当たり前だし、その弱さを着飾
って隠そうとするのも、無理のないことなのかもしれません。

では、着飾ることで生まれるのが「見栄」だとしたら、「本当のプライド」とは一体何なので
しょうか。

私が思うに、本当のプライドは「他人との比較」の中には決して生まれません。

「あの人より良い車に乗っている」
「あいつより金を持っている」

そんな他人軸の物差しで測っているうちは、それはただの虚勢です。
本当のプライドとは、「はだかの自分」と向き合うことではないでしょうか。

子供の頃、おねしょをして泣いた自分。人前で恥をかき、顔から火が出るような思いをした自
分。情けなくて、弱くて、どうしようもない自分。

そんな、決して格好良くはない「ありのままの自分」を知り尽くした上で、それでも逃げずに、その自分と全力で戦い続けること。

昨日の自分より、少しでも前に進もうと足掻くこと。

他人に見せるための鎧ではなく、自分自身を鼓舞し続ける魂のあり方。
それこそが、男が持つべき本当の「プライド」なのだと、私は信じています。

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