環境は人を創らない
ニューヨーク市は1980年代からアメリカ有数の犯罪多発都市となっていましたが、
1994年にルドルフ・ジュリアーニが市長に当選すると
「割れ窓ガラス理論」(軽微な犯罪も徹底的に取り締まることで、
凶悪犯罪を含めた犯罪を抑止できるとする環境犯罪学上の理論)を
活用して治安対策に乗り出しました。
•落書き、未成年者の喫煙、無賃乗車、万引き、花火、爆竹、騒音、
違法駐車など軽犯罪の徹底的な取り締まり
•歩行者の交通違反やタクシーの交通違反、飲酒運転の厳罰化
•路上屋台、ポルノショップの締め出し
•ホームレスを路上から排除し、保護施設に強制収容して労働を強制
などの施策をおこないました。
そして就任から5年間で犯罪の認知件数は殺人が67.5%、強盗が54.2%、
婦女暴行が27.4%減少し、治安が回復しました。
また、中心街も活気を取り戻し、住民や観光客が戻ってきました。
環境は、人を創るといわれています。
犯罪が多い街では、その環境に染まり犯罪をおこなってしまったり、
また、経済的な環境も犯罪などに強く結びつくとされています。
※参照ウィキペディア
ただ、私は環境だけで、犯罪が減少するのではないと感じています。
人は心の奥底で、犯罪などをしたくないと感じているはずです。
実際に環境に負けない人も多くいることも私たちは知っています。
苦しい環境に生まれながらも、それをバネに、社会に名を遺す素晴らしい人はたくさんいます。
もちろんその逆で良い環境に生まれているにもかかわらず、全てを失ってしまう人もいます。
人は犯罪を起こす資質があり、また同時に、善い行いをする資質も兼ね備えていています。
その分かれ道は、自分の心の働きによるものだと思います。
社会貢献性を本質的に考えていて、高遠な理想を思いめぐらせている人が、
邪悪な道に落ち、苦悩することは少ない気がします。
逆に邪悪な思いばかりをめぐらせている悪の王道を進んでいる人が、
気高い目標を達成して、真の幸せを感じるということも無いように感じます。
心は私達の身体の指揮者のようなものです。
どんなに困難環境においても、心が良い方向に向いていれば、身体は、自然とその方向に向きます。
目がその方向に向き、足がその方向に歩みだします。
真剣に追求しだすと、自分の周りに応援者が増えて、環境すらも変わります。
私は、環境や自分の才能の無さと戦うことをよくテーマにしていましたが、
この年になって気が付くことは、環境や才能によって生まれた結果だけではなく、
客観的に原因を探り、その改善に努めることが全てであるということです。
失敗の原因は、環境や生まれ持った能力から生まれたのではなく、
現実に目を向ける勇気が無かったことから生まれていると思います。