成し遂げるまで、やり抜く。―設立11周年に寄せて―
南アフリカの元大統領、ネルソン・マンデラは、かつてこんな言葉を遺しました。
「何事も成し遂げるまでは、
不可能に見えるものである。」
It always seems impossible until it’s done.
27年もの気の遠くなるような投獄生活を耐え抜き、アパルトヘイト(人種隔離政策)の撤廃に大きな役割を果たした彼の言葉には、言葉にし尽くせぬ重い実感が宿っています。
私はこの言葉を反芻するたび、物事に向き合う「姿勢の差」について深く考えさせられます。
そこには、真に事を成そうと泥水をすする「当事者」と、安全な場所からその行方を見つめる「傍観者」との間にある、決定的な分水嶺が示されているように思えるのです。
世の中には、すぐに分かりやすい結果を求めたくなることがあります。
また、「前例がない」「本当にできるのか」と考え、確かな結果が目の前に現れるまで一歩を踏み出せないこともあるでしょう。
まだ形になっていない挑戦は、ときに「無謀」に見え、「不可能」に映るものです。そこに「正解」と呼べるものが存在しないからこそ、それは当然のことなのかもしれません。
しかし、新たな価値を生み出し、社会の困難な課題を打破するのは、いつの時代も「まだ誰も見たことのない景色」を信じて、泥臭く歩みを進めた当事者たちです。
成し遂げるまでの道中は、常に先が見えない暗闇の中にあります。
試行錯誤を重ね、失敗に直面し、周囲から疑念の目を向けられることもある。
それでも「これは必ず世のため人のためになる」という信念と誠意を胸に、一歩一歩の足元を照らしながら前進し続ける。
その積み重ねの果てに、ようやく「可能」という結果が立ち現れます。
11th ANNIVERSARY
設立から11年を迎えて
思えば、アースアイズを立ち上げてから丸11年が経ちました。
この11年間を振り返るとき、私自身、胸を締めつけられるような悔恨と反省を覚えることがあります。
「もっと良い結果を出すことができたのではないか」
「いったい自分は何をやってきたのか」――
自らの力足らず、不甲斐なさを前に、どうしようもない反省の念に苛まれる夜が数えきれないほどあります。
外から見れば、11年を経てもなお、私たちが目指してきたものを十分に形にできていない現状は、あるいは「不可能なことに固執している」ように映っているのかもしれません。
まだ十分な結果を示せていない以上、いかなる弁明も通用しない厳しさを身に染みて感じています。
だからこそ私は、自問自答するのです。
AIやセンシング技術の社会実装も、誰も挑んだことのない新しい防犯・見守りの仕組みづくりも、すべては暗闇の中に道を拓いていくような歩みです。
この11年間の歩みを誤魔化すことなく真正面から受け止め、省みるべきことは省みた上で、なお「社会に必要だからこそ、成し遂げる」という覚悟を捨ててはならないと強く思います。
成し遂げるまでは、すべてが不可能に見える。
ならば、成し遂げるまでやり抜くしかありません。
先が見えにくい時代だからこそ、私たちは決して自らを傍観者の位置に置くことなく、この暗闇の先にある光を信じ抜き、泥臭く一歩を踏み出してまいります。


